30歳で坐骨神経痛になるなんて思わなかった
私は今、自分のこれまで歩んできた人生が本当に正しかったのか、岐路に立たされている。
その原因が、坐骨神経痛。
腰から右のお尻、もも裏、酷い時にはかかとまでおよぶ、一帯の痛みだ。
痛みの種類は、鋭利な刃物で間断なく刺されているような、耐えがたいもの。
痛み自体もつらいが、痛みというのは他者にほんとうに理解されにくい。
だって、他人が感じている痛さなんて、直接感じることはできないのだから。
私だって、この病気になってみてはじめてわかった。
こんなに生きるのが苦痛になるぐらいに痛いなんて。
「坐骨神経痛」と検索窓に打ち込んだだけで、「死ぬほど痛い」と出てくる。
んな、大げさな。と思うかもしれないけど、本当に、安楽死ボタンがあれば押すんじゃないかと思うほど耐え難い痛みの時がある。
以前、腱鞘炎になったときにも、「腱鞘炎ってこんなに痛いものだったんだ」と感じたのを覚えている。
漫画家の人が仕事のせいで腱鞘炎になっているのをよく聞くけど、名前だけ知っていて、そんなに大したことないものだと思っていた。
私が腱鞘炎になったのは利き手ではない左手だったのだが、もろに生活に支障が出た。
ドライヤーで髪を乾かすとき、カバンを肩にかけるとき、日常のちょっとした動作でいかに左手を使っているのかがまざまざとわかった。
坐骨神経痛の場合、事態はより深刻である。
腰痛は人類が二足歩行を始めてからのつきあいだというが、現代人という動物にとって歩行や座る動作というのは生活の大部分を占めている。
朝からひどく痛むときもあるのだが、一番多いのは座り続けた時。
フルタイムで働いているため、定時が近づくにつれて痛みの強度も増していく。
痛みではなく、時給がどんどん増していけば嬉しいのだが、残念ながらそのような制度は日本にはない(おそらく世界にも)。
そうした生活を続けるうちに、私の頭に冒頭の文句が浮かぶようになった。
これまで何のために生きてきたのか、と。
何のために大学を卒業し、今の職業に就き……エトセトラエトセトラ。
私は学歴主義者ではない。
だが、これまでいったい何のために自分は勉強してきたんだろうか?
と根底を覆すような苦悩に最近の生活が包まれていて、ネガティブな気分が増した時は特に、厭世観に苛まれている。
なんのために生きているんだろうとさえ・・・
思い返せば10年前、今の生活を想像できただろうか。否。
十中八九、想像できなかったと考える。
それほど自分は今、かつて考えもしなかった世界にいる。
しかし、その世界は私には不向きだったようだ。
マルチタスクで残業をやってもやっても仕事が終わらない日々・・・
しかも残業しなければ、と思っていても坐骨神経痛のせいでできないのが本当に辛い。
板挟み。
私の悪いところ、行き当たりばったりないい加減な性格をしていること。
これが原因なのだろうか。
ほんとうに、結構いい加減に生きてきたと思う。
将来の夢、とかあるじゃない。学校でよく聞かれるやつ。
あれが私は最初から最後までずっと苦手だった。
だって分からないんだもん。自分がどうなりたいのかとか。
どういう職業に就きたいのか、って、さも当たり前に人が働く前提で聞いてくるじゃん。
そんなものはなかったよ。
そもそも働きたいと思ったことがない。
自分の未来のビジョンが見えていなかったんだね。
はっきり言って今だってそう。
仕事で将来どういうコースを進みたい、みたいなことを人事面談で聞かれるわけさ。
そういう希望・展望が一切ないんだよね……
だから10年後、自分がどうなっているのかなんて想像もつかない。
あ、なんでこんな話になったんだっけ。
厭世観、からはじまったのか。
リハビリといつか救いになることを求めて
とにかく、坐骨神経痛があまりにも辛すぎたため整形外科に行ったんだけど、そこの医者がまたビミョーだったわけ。
いかにも流れ作業的というか。
そこで医者を変えてリハビリに通える場所にしたんだけど、まだリハビリは2回しか行ってなくて、成果とかも出てるのかわからん。
1回目の時は超絶痛くて診療⇒即リハビリという直結コースだったけど、2回目からはリハビリオンリーになっている。
この2回目を先週行ってきたんだけど、なぜか痛みが軽かったんだよね、その時。
なんか痛みに波があるのもほんと、翻弄される感じがして辛い。今日もまた超絶痛い。
だから、明日のリハビリも痛い中行くことになるんじゃなかろうかと思っている。
超絶痛くて初めて、仕事を早退したよ。
なんか嫌な顔されたわ上司に(ウェーン)。
仕事もやってもやっても終わらないし、残業してもしても次から次へと舞い込んでくるし、まさに背水の陣状態で、精神的にも追い詰められてるんです。
そういうわけで、今日の帰り、厭世的な気分が高まってしまったわけ。
そして、私は軽いADHD的な気質(多動——ただし私の場合は脳内が多動——とか注意欠陥)を持っているので、暗い気分になったりすると変にハイになって、過集中モードになって、今こうしてパソコンをぱちぱち打ち鳴らして記事を書いたんだ。
……はあ、つらい。
何とか前向きな気分になろうとはしてるんだけど、持ち前の片頭痛も威力を発揮していて、今は薬効いてるけど、電車で帰ってたときは、おそらく顔死んでた(マスクで隠れてたと思うけど)。
せめて何か、坐骨神経痛になった意味でも残せんかな、と思って。
将来またぶり返したときとか(そもそも治るのかは置いといて)、世界のどこかで坐骨神経痛に苦しんでいる人が少しでも楽になれるような経過観察記でも書けんかな、と思ってこの記事を書くことにしたの。
人生のすべてに意味があるなんて到底本当のこととは思えないけどさ、
せめてこの苦痛の日々が役立つことを祈って、これから書いていきます。
これまでの経過まとめ
- 2025年3月:発症。右もも裏に違和感。整形外科Aで脊柱側弯症と診断。
- 2025年4月〜11月:異動により残業増。痛みが悪化。
- 2025年12月〜2026年1月:痛みが慢性化し、生活に支障するほど悪化。
- 2026年1月下旬:整形外科A・2回目受診。
- 2026年2月:整形外科Bに変える。リハビリ開始。強い痛みの波が続く。


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